Bommie,s Uladulla N.S.W. Australia late 80,s
Bommie,s Uladulla N.S.W. Australia
1980年代の後半、オーストラリアを3ヶ月かけて、
クィーンズランド州から、ニューサウスウェールズ、ヴィクトリア、サウスオーストラリア、
そしてウエスタンオーストラリアまで、くまなくサーフサーチしながらの旅を敢行したことがある。
クィーンズランドではバーレーを中心に、ヴィクトリアではトーキーを中心に、
コンテストのフォローも兼ねた取材で、
サーファーは負けた順でフリーセッションに参加するやり方だった。
オーストラリアンレッグの最終戦はナラビーンだった。
一緒に動いていたナオト(スズキ)とコッツ(コウツサ)は、例によって(?)早々に敗れ、
帰国までの残りの日々を、どこか波のいいとこに行こうということになった。
別部隊で来ていたヌマも誘い、フォトグ/ポール.サージェントが、
サウスコーストのアラダラに行けと勧めてくれ、ローカルにも連絡しておいてくれた。
コンテストサイトのナラビーンを発ち、シドニーを抜け、
のんびり皆でサウスコーストのアラダラを目指した。
ウーロンゴングを過ぎると、本当にカントリーカントリーで、
自然豊かなオーストラリアーナてな感じで、
途中のガススタでミートパイを買ったり、カンガルーちゃんが道を横切って行ったり、
美しい湖や山、川に見とれたりしながら、
アラダラの手前にある、サセックスインレットという所を目指した。
サセックスインレットには、オーシャン&アースの本部があり、
当時スポンサーされていたコッツが予めコンタクトを取っていたのだ。
メインのパシフィックハイウェイから、左に折れ、
深いユーカリ並木の道を下って行くと、サセックスのこじんまりとした町が見えてきた。
ヒュージファクトリーを持つオーシャン&アースを見つけるのは、
この小さな海辺の町ではたやすかった。
社長のブライアン.クリーガンが、オージーらしい気さくな笑顔で迎えてくれ、
早速用意されたビーチの目の前のバンガロウにチェックインした。
ログハウスのロッジで、木の香りがして、キッチンもベッドも綺麗で広くて言うことなしだった。
更に、目の前にはライトのポイントブレイクが炸裂していた~
ブライアンは、かつてゲッコーというニックネームで、プロツアーを回っていた事もあり、
映画”バンドオンザラン”の主役4人
(ラビット、ポール.ニールセン、ブルース.レイモンド、そしてゲッコー)
の一人に抜擢され、世界中の波で、フィルミングされたこともあるサーファーだ。
選手を引退し、地元サセックスでこのオーシャン&アースを始め、
今や世界ナンバーワンのサーフアクセサリーを誇る企業にのし上げたのだった。
バンドオンザランの頃は、あだ名の如く、トカゲの様な細身だったが、
この時にはすでにポッチャリしたオッチャンだった。
丁度スエルが入ってきた様なので、翌朝一緒にアラダラに行こうということになり、
俺等は夕飯前に軽く前のポイントでサーフした。
沖に出ると、ドセットはファッキンサッキン、4~5フィートのバカっ掘れ~~~
ここまでの一ヶ月近い、オーストラリアの旅の中でも、一番のヘビーウエイブだった~~
アラダラに行かなくても、ここで良いんじゃない?とまで思わせた、
サセックスインレット、、、恐るべし、、、
翌朝、もち夜明けとともに動き出し、目の前のブレイクも気になったが、
ブライアンに連れて行かれるまま、更に南、アラダラ方面に向かった。
アラダラの町を過ぎてすぐの所で、丘の上から海をチェックすると、、、
写真のラインアップが目に飛び込んできた~
ブルースカイ、ブルーオーシャン、オフショア、4~6フィートパーフェクション!!!!
ブライアンもやったね~という顔で、板とウエットを持って、丘を降りて行った。
オージーはこうやってビーチに荷物を持っていき、そこで着替えるというスタイルが常だ。
俺等も板、カメラ機材を持って丘を降りて行くと、
ややジュクジュクしたとこで、俺はカメラを持ったまま滑って転んで、
そのまま下まで落っこちてしまった。
かなりあせったが、ジーパンがドロドロになった程度で、怪我することなく、
カメラもしっかり手にしてたので、早速撮影に入った。
ボミーズとはアウトサイドのことで、ここだけではなく、どこにでもボミーズという名称はある。
岸からパドルするとポイントに辿り着くのに10分くらいはかかる。
しかしチャンネルはしっかりしていて、スモールサンセットのようなブレイクを魅せ、
インサイドボウルはなかなかの迫力を醸し出していた。
ローカルでかなりスタイリッシュなサーフィンをするサーファーを見かけた。
名前はマイケル.マッキー、アラダラ出身のシェーパー/サーファーで、
フォトグのサージが事前に連絡を入れておいてくれたのは、まさしく彼だった。
ブライアンもまだまだ現役で、かなりいいサーフィンを魅せてくれた。
ブライアンは仕事で早々に上がって行ったが、
俺等はあまりの波の良さに、丸一日そこに居てしまった程だった。
かなりローカル色の強いポイント、エリアだと感じたが、
マイケルやブライアンのおかげで、嫌な思いをすることなく、
アラダラでサーフする事が出来たことは有り難かった。
アラダラはサーフタウンで、道沿いにはいくつもサーフショップが立ち並ぶ、
サウスコーストのメッカのようだ。
サイズが下がれば、もう少し南に下がった所にあるフラットロックと呼ばれる所も、
ロッキーポイントの様で、アクションには最適の所だった。
そして夕方、サセックスのロッジに戻れば、サクっと目の前のブレイクをサーフ。
しかし、もうあの初日のヘビーブレイクの姿を魅せる事は無かった、、、
このサウスコーストの旅は、俺の数ある旅の中でも、かなり思い出深いものの一つだ。
当時旬だったナオトやコッツに、ヤングアップカマーのヌマが加わり、
皆のメロウな性格も手伝って、終始いいムードで旅を過ごす事が出来た。
サススコーストからシドニーに戻り、明日は選手皆が帰国、お別れとなる前夜、
悪名高きキングスクロスに繰り出し、食い、飲み、暴れていたら、
コッツがレンタカーの鍵をなくしちまいやがった~~
あの恐ろしいキングスクロスの、入った店を皆で片っ端から探して回り、
もう見つからなくてどうしようと諦めモードになっていた所、
俺はもう一度コッツとストリップ劇場に入り、座っていたと思われる椅子を探ったら、
なんと折りたたみの間に引っかかっていますた~~
ナンヤネ~~~ン!!!
そんなこんなで、とにもかくにも、鍵も見つかり、
キングスクロスを出る時は、もうすでに夜も明けてしまっていたのじゃ~
その日の午後、皆をシドニー空港に無事送り届け、
俺は次なるディスティネーション、サウスオーストラリアのストリッキーベイを目指すため、
シドニーからアデレードに飛んだのであった~~
Kazunori Numajiri @ Bommie,s N.S.W. Australia
Naoto Suzuki @ Bommie,s N.S.W. Australia





